米大卒ママの出遅れ英語育児と4人の子どもたち。

11,7,4,0歳の母。米大卒の癖に2017年3月から英語育児を開始。子持ちで看護学校卒業後准看護師兼時々英語の先生。夫は2011年から単身赴任でワンオペ育児。2017年10月からDWE正規会員に。

My Sister 5

こちらのブログでは、随分と私のことを書いて来たので、かなり見覚えがあるようなことが書いてあるかと思います。

 

ただ、そのことを書いたのは、こちらの方が早く、ここで誰も知らない人向けに発信して、誰にも傷つけられずに発信出来たという経験から、こちらでも書いた…という流れになっています。

 

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私には特定の友だちが出来なかった。

 

保育園の時に出来た友だちは、小学入学とともに引っ越して行き、入学の時に来た子と仲良くなっていたのに、その子も小学二年の時に引っ越してしまった。

 

周りを見渡しても、到底私の話すことに理解してくれそうな人は居なかった。

 

それは中学でも、高校でも同じだった。

 

姉を見ると、姉はいつも仲良しグループの中で楽しそうに笑っていて、幸せそうに見えた。

 

私はいくら不幸に自分が思った所で誰も助けてくれないことを感じていた。

 

ならどうしたらいいのか、自分で自分を幸せにするしかない。

 

私は自分は幸せだと思うことにした。


生きていることに、安心して寝れることに、食べるものに困らないことに。
衣食住が整った生活をしている自分は何と幸せだろうかと思った。


私は自分が世界から考えたらかなりよい状況にいたのにも関わらずそれに気づいていなかったことに気がついた。

 

そこからの私は何があっても大抵はどこかに幸せを見つけることの出来る人間に変わっていった。

 

姉がどうだったかはその時分からなかったが、後に知ることになる。

 

I couldn't make permanent friends.

I did have a good friend in kindergarten, but the friend moved away when I became an elementary school student.

I found a really good friend again who moved here, but she moved away when I was in second grade.

I felt that nobody could understand my feelings, because they didn't have the same experience as I did.

I felt the same way in middle school and high school, too.

My sister had her group and looked happy.

I realized that nobody was able to help me except myself.

I changed my mind.
I decided to believe that I was already very happy.

I thought I was very happy just by the quality of being alive, able to sleep in a safe place and not worry about where my next meal was coming from.

I thought that just having food, clothing, and shelter was enough to make people happy.

I didn't realize I already had a high quality of life compared with other people in the world.

Since then, I became a more positive person.
I didn't know about my sister, but I would find out her feelings later.