米大卒ママの出遅れ英語育児と4人の子どもたち。

11,7,4,0歳の母。米大卒の癖に2017年3月から英語育児を開始。子持ちで看護学校卒業後准看護師兼時々英語の先生。夫は2011年から単身赴任でワンオペ育児。2017年10月からDWE正規会員に。

高校生の時に出会った25才の男性の話。

私の中ではずっと大切な思い出の1つとして、心の中にしまわれているお話があります。

 

今回は、その方に許可を得たわけではないので、なるべくオブラートに書いて行きたいと思います。

 

私は当時、ドコモ愛用者でした。

ドコモにはドコモ専用のサイトがあったんですが、私のブログ人生の始まりはそのサイトでした。バイト先の同級生が詩を書いてる…と教えてくれたのがきっかけです。

その後、パソコンで色々いじって自作のホームページを作ったりもしました。 

 

そこでは、私が普段学校の友だちには言えないことを書いていたと思います。嬉しかったこと、楽しかったこと、面白かったことはシェア出来たんですが、苦しいこと、悲しいこと、どうしようもないことなどを書いていたのではないかと思います。

 

そんな中で、ある人と親しくなりました。

 

彼は当時25歳。

彼の彼女さんは19歳でした。

私は18歳でした。

 

2人ともある医療系の学校に通っていました。

彼は小さい時にご両親から身体的な虐待を受け、祖父母と暮らしており、彼女さんは当時精神的虐待をご両親から受けながら生活されていました。

 

彼女さんは高校生の時にレイプにあっておられ、男性恐怖症だったのを、彼の温かい愛の力で立ち直っておられました。

 

そして私たちが仲良くなってしばらくして、彼女さんに彼との新しい命が宿ったと教えてもらいました。

 

私は自分のことのように嬉しくなりました。

今までが辛かった分だけ、幸せになって欲しいな〜と思っていました。

 

けれど、しばらくして電話が来た時には彼女さんのお腹の中には赤ちゃんは居なくなっていました。

 

彼女のご両親が彼との結婚に反対して、彼女を眠らせて病院でおろしてしまったとのことでした。

 

その前にもおろせ、と自分の娘に向かって刃物を見せたりされていたそうです。

 

空っぽになったお腹と空っぽになった心に、さらにまたある心無い男性からレイプされてしまい…そして彼女さんは姿を消してしまいます。

 

彼は、彼女は恐らくもうこの世には居ないだろう…と肩をおとされていました。その時に彼は、私も子どもが出来たら分かるよ…と言われました。そしてレイプされた人にしかレイプされた人の気持ちは分からない…と。

 

そして彼の誕生日に見つかった彼女さん。

彼女の遺体は海で見つかったそうです。

あまりのことに、かなり落ち込みました。

 

時期を同じくして、高校の課外授業で、まるで彼女の話をしているかのような描写を壇上でされている講演会を聴きながら、誰も泣いていない中、1人うずくまりながら爆泣きしていたのを思い出します…。

 

たった1人だけ、事の一部始終を知ってる友だちがいて、途中で私の顔を見て後でツンツン肘でつついて来てたのも思い出しました。

 

そして、彼はそのことを私に伝えた後、しばらく音信不通になりました。

 

彼は、彼女と子どもに会いたいと言っていました。私は死んで欲しくなくて、メッセージを送り続けていました。

 

彼の存在している意味や、大切さを書いた文章を送ったと思います。

すると、しばらくして、彼から電話がありました。

 

生きてるよ、と。

 

私は本当にほっとしました。

けれど、彼は、一度首を吊ったと言っていました。けれど、おじさんに助けられた…と。

 

彼は今、ステキな奥さんと、可愛いお子さんに恵まれたお父さんです。

 

今でもこう書くとあまりにも衝撃的な内容なのですが、私は多感なこの時期に多くの方にこのドコモ専用サイトで出会いました。

 

そこでは普通に暮らしていると普通でないことがたくさんありました。これらはサイトの中での話だけれど、私は今まで何か自分は人とは違うなと思っていた違和感が、この方たちと話していくと、逆に「その感覚、同じ!!」と思うことがよくありました。

 

分かる、というこの気持ちって私は強みかも知れないと思っています。人は体験しなければ、その人の気持ちを理解することは出来ないと思います。

 

逆に、当時の私にはレイプされた経験や、子どもを宿した経験がなく、1歳しか違わない彼女さんの苦しみや悲しみは想像は出来ても理解は出来ませんでした。

 

そして理解できない事実を申し訳なく思っていました。

 

そして未だに私はレイプされた方の気持ちや、望んで望んで宿した命を人から奪われた方の気持ちを、やはり想像することしか出来ません。

 

その代わり、親が片親しかいない気持ちや、父子家庭の感じや、引っ越しで馴染めない気持ち、継母との生活での違和感や、歪んだ姉妹の感じなどは、もしかしたら少し分かるのではないかと思います。

 

私はその当時、しんどかったこともあったと思います。けれど、今となっては、それは私の強みにもなっていると思います。

 

さまざまなことが、人生には待ち受けています。一見すると、経験したくないようなこともあるし、避けれるなら避けて通りたいこともあります。

 

また親になれば、子どもをできるだけ傷つくものから遠ざけようとするのではないかと思います。

 

けれど、今まで経験して来たこと、またこれから経験することは、全て自分の血となり、肉となり、魂をも強くしてくれているし、より強く、優しく、温かい人間にしてくれていると思うのです。

 

あの時に出会った彼の彼女さん。

あの時の気持ち、察することしか出来ないし、彼女さんが今でも笑っていられる未来があったら良かったのに…と思わずにはいられません。

 

ふとした時に、自分にはどうしようもなく価値がないように感じてしまって、私がふっと消えたところでなんだって言うんだ…と思ってしまうことはあるけれど、母となった私はイヤイヤイヤ…と考え直しています。

 

存在こそが大切なんだ、と父に教えてもらった最大のことなんです。

 

私が散々無常こそが常だと思って来た人生の中で、唯一死ぬまで父は私たちに寄り添い、いつもニコニコと笑ってくれていました。

 

この最期の時まで子どもを信じ、愛し、そばにいることができる人物。それは、あの子達にとっては「私」なんだ…と感じています。

 

4人の子どもたちにとって、私という存在が安心出来る場所でありますように…。

 

そして、今こうして生きていること、屋根のある所で寝られていること、空腹に苦しむことなくご飯が食べれていることに、まずは感謝したいと思います。