米大卒ママの出遅れ英語育児と4人の子どもたち。

11,7,4,0歳の母。米大卒の癖に2017年3月から英語育児を開始。子持ちで看護学校卒業後准看護師兼時々英語の先生。夫は2011年から単身赴任でワンオペ育児。2017年10月からDWE正規会員に。

幼少期に父が聞かせてくれていた「家出のドリッピー」

私自身、英語の授業は特に優等生であった訳ではありません。

 

海外に憧れを抱いていた訳でもありません。

 

けれど、何故か英語が昔から好きでした。

そして夢のために留学もしました。

 

父が小学生の時に英語と算数の塾を開いて、そこで少しだけ勉強して、英検4級は受かっていました。家で教えてもらうことはありませんでしたが、父曰く、誰よりも話を聞いていないのに、誰よりも出来ていたと言ってもらったことがあります。

 

高校生の時はバイトと3つの部活を掛け持ちしていて、その1つが英語クラブでした。

 

学校の成績は特によい訳ではありませんでしたが、アメリカの子と文通していたり、教室に置いてあったアメリカ留学記があまりに面白くて、筆者に手紙を送ったこともありました。

 

後日お返事があったのですが、何て名前のどんな本だったのかさっぱり忘れてしまったいたのですが、「丸山さん」だったことだけは覚えていて、見つけました!

 

そんな訳で、何故か私の中に英語は身近にあって、英語に全く抵抗がないどころか好きだったのは何故だろうと考えた時にあることを思い出しました。

 

それは、私が幼少期に「家出のドリッピー」という初級者向けの英語ストーリーの音源が家で流れていたということです。

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調べてみると、今でもあるみたいです。

初級コース『家出のドリッピー』:イングリッシュ・アドベンチャー - 英語の勉強・学習なら - 英語教材のアカデミー出版 of イングリッシュ・アドベンチャー - 英語の勉強・学習なら - 英語教材のアカデミー出版

 

父はこれをずっとかけていました。

まるで私が毎日ディズニーをかけているように。けれど違うのは私たち子どもの為ではなく、自分の為にかけていました。

 

父は、先住民やチャネラーに会いにアメリカに行ったり、ペルーのマチュピチュや、エジプトなど世界各地を巡っていたりしていたので、何故初級編であるドリッピーを家で聞いていたのかは分からないけれど、恐らく、父は耳があまり良くなかったのではないか、と思います。

 

つまり、文学的には、ドイツ語も英語も出来るけれど、リスニングとなると聞き取れなかったんだと思います。

 

現に私がジオス英会話の上級者編のCDを聞いて余裕で分かる状況だった時に、父は一体何を言っているのか分からないと言っていました。

 

そんな訳で私たち子どもの為ではなく、父自身の為に聞いていたであろうその音源のお陰で、私の英語耳は知らず知らずに育っていたのではないかと思います。

 

さらに一度「スイッチ」の感覚を体感した後は、スイッチを英語にしてしまうと、英語の方が俄然話しやすかったです。

 

しかし問題もあります。

それは、ただ聞くだけでは話せるようにはならなかった、という点です。

 

ドリッピーにはCD以外にも絵本がありました。けれど、その朗読はダンディーな声で、子どもの私からしたら面白みに欠けていました

 

けれど、もしその時、そこにディズニーのようにそっくりそのまま使える言葉が歌になった様々な歌が入っていたらどうだっただろう、と考えると、面白さが変わっていたと思います。

 

また、そこにディズニーのような音声が流れるカードがあったらどうだろうと考えた時、その本に載っている単語をもっとイメージとして理解出来ていたと思います。

 

また、ディズニーのように、その絵本が動いて理解できるようにDVD があったら、自然と文章の意味を理解出来ていたと思います。

 

さらに、ディズニーのステップバイステップのように、どれだけ理解できたかを測り、強化するものがあれば、より文章に出てくる構文などが理解出来ていたと思います。

 

テレフォンイングリッシュのように、その本にそった内容のコミュニケーションの機会があれば、アウトプットすることが出来ていたと思います。

 

このように、考えれば考えるほど、ディズニーはよく出来ているのです。

 

それをドリッピーでもすれば効果は格段に変わると思います。やってみたらいいと思います。

 

けれど、現状にはないんです。

そんな痒いところに手が届くシステムがディズニー以外ないんです。

知らないだけかも知れません。

実はあるのかも知れません。

 

そしてもしも私が小さい頃からディズニーのようなシステムをやっていたらどうなったかを考えてみたんです。

 

私は恐らく、それらをまじめにしていなかったのではないかと思うのです。

 

何故なら、父は教育に関して徹底的に放任主義というか、自ら学ぶ姿勢を大切にする方針を貫いていたから。

 

父は恐らく子どもたちの為に自分のエゴでDWEのTACなどの取り組みをさせたりしていなかったと思います。

 

万が一、私がやりたい!と言ったら、好きなだけ、気がすむまでいつまでもさせてくれていたと思います。

 

それまでやらなかったと思います。

 

そうなると、私がDWEをやりたいと言うのは恐らく小学高学年になってからだったのではないかと思います。

 

けれど、毎日ドリッピーやモーツァルトが流れている家庭だったので、もし掛け流しだけはしてくれていたとしたら、私はもしかしたら「やりたい」と思った時点で既にかなりできるようになっていたかも知れません。

 

その時、掛け流しのドリッピーだけだったのは残念な気もしますが、それでもその掛け流しは私に大きな可能性をくれたと思います。

 

今でも時々外国の方と話すと「今までで一番英語が話せる」「うちの英語の先生よりもずっと話せる」と言っていただく時があります。

 

そんなことを言っていただけるのは、恐らく英語耳で何を言っているのかキャッチ出来るのと、耳が割といいお陰で聞きながら今でも学び続けることが出来るからではないかと思います。

 

耳を育てるって、本当に大切だな、

父も実は私に英語耳のプレゼントをしてくれていたんだな、

と改めて思ったというお話でした。