米大卒ママの出遅れ英語育児と4人の子どもたち。

10、6、3、0歳の母。米大卒の癖に2017年3月から英語育児を開始。子持ちで看護学校卒業後准看護師兼時々英語の先生。夫は2011年から単身赴任でワンオペ育児。2017年10月からDWE正規会員に。

アメリカ回想記第12回「アメリカ人の親友」

I was really lucky to have my best friends when I was in the U.S. 

I can't tell my American life without the two greatest friends!!

 

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One of my best friends was my Japanese classmate's roommate. The girl named Meg was a super kind girl, but when I met with her, she was shy and didn't start talking to strangers. 

Another of my best friends was a guy who lived on the same floor. He was the funniest person ever. He was sometimes like a comedian, and he made us so happy and laugh a lot. He was a good-looking guy. He was gay but you wouldn't know that by looking at him.  He was very funny and friendly to us, but he would be very nervous when he spoke to men. 

Both of them were one year younger than me.

I'm not sure how I got along with them so well, but I do remember I was with them all the time, especially from the evening on.

My boyfriend and my best friends never got along well together...

My best friends and I always ate dinner together and hung out late into the night watching TV and stuff like that.

My English skills at the time were much better than before, but I didn't understand their words 100 percent. I sometimes didn't understand what the two of them were talking about.

They didn't care about that though. 
I was very lucky to have such good friends.

 

日本語バージョン:親友との出会い


親友と呼べる存在にこの時に出会えたことは、私にとって幸運なことだったと思います。

 彼らなしでは私のアメリカ生活は語れません。

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(こちらは久しぶりに再会をした時の写真を送ってくれました。変わらない〜!後のはサングラスかけていないのでなかなかお見せ出来る写真がなく......)

親友の一人は、日本人の同級生のルームメイト。
メグというその子はとっても優しい子だったんですが、初めて会った時のメグは引っ込み思案で自分からはあまり話さないような子でした。


もう一人は、同じ階に住む男の子。彼は私の人生の中で最も面白い人で、コメディアンのような人でした。いつも私たちを笑わせてくれるし、幸せな気持ちにさせてくれました。
彼は背も高く、ハンサムボーイでした。彼はゲイだったんですが、一見しては全然分かりませんでした。女の子の友だちに対してはフレンドリーで、面白くて、優しい子なんだけど、男性に対しては話すことさえ恥ずかしそうにしていました。

2人とも私よりも1つ年下でした。

どうしてこの2人とこんなに仲良くなったのかはもう覚えていないけど、とにかく四六時中一緒にいました。

 

私のアメリカ人の彼氏とこの2人は合わない感じでした。
親友2人と夕食を食べた後はいつもテレビを見たり、何かを一緒にして過ごしました。

その頃には英語を話したり聞いたりするのはかなり良くなっていたけど、でもまだ100パーセント分かっている訳でもなく、2人が話す難しい話にはついていけないこともありました。でも彼らもそれが普通だと思っていて、特に私の英語力を気にする風でもなかったことをとても嬉しく思っていました。

 

後記

この留学で私は得難いものを得たなと思えるのが、この2人の親友です。

私と、メグ、ジョンと3人でいつも色んな所へ行ったり、色んなことをしました。

また次の時に書くのですが、ジョンの彼探しにゲイバーにも結構行きました。メグの家にも泊まらせてもらったし、ジョンの家にも泊まらせてもらいました。

2年間、一度だけ日本に帰ったのですが、それ以外はアメリカに行きっぱなしで、日本には帰りませんでした。

その代わり、メグのお父さんの家、メグのお母さんの家、ジョンの家、アマンダの家、名前は忘れてしまったけどインド系の友達の家と長い休みの度に泊まりに行かせてもらっていました。

 

メグは仏か?と思える程優しくて包容力のある子で、メグの家に遊びにいくと皆が「メーグー!!」とジャンプしに来るぐらいメグは愛されていました。

 

メグのお母さんの家には兄と妹が居て、夜になると警備員だったかの仕事でお母さんが働きに出るので、地下の兄の家はまさに毎晩飲み会状態でした。楽しい時間でした。

 

メグのお父さんの家には新しいお母さんがいて、妹と弟がいました。妹はまだ小さかったのですが、産まれながらに糖尿病で、毎食前に注射を打っていたのを思い出します。

 

メグの従兄弟のお父さんとお母さんは2人とも耳が聞こえず、従兄弟たちはそのことでちょっと嫌な思いをしていると泣きながら教えてくれたのも思い出します。またその話はいつか出来たら。

 

ジョンの家は妹がいました。

ジョンの家にはセントパトリックデーの時に行ったので、ご馳走をいただきました。

 

いつもいつも一緒に行動する友達って日本でもなかなか出来るものではないのに、異国のアメリカで、いつも「あきーー!!!」と走って来てくれて、愛してくれる親友が出来て、最高に幸せな日々を過ごすことが出来ました。

 

 

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