4人の子どもと英語育児。

10、6、3、0歳の母。子持ちで看護学校卒業後准看護師兼時々英語の先生。夫は2011年から単身赴任でワンオペ育児。2017年10月からDWE正規会員に。

アメリカ回想記第10回「学期の授業スケジュールは自分で決めていました」

皆さんこんばんは。
今夜は授業のスケジュールを自分で決めていた話や、グレードの話などです。自分で決めるだけあって長く居る人は本当に長く学生していました。ではどうぞ!
 
初めから。

前回の記事はこちら。

English Version: A Semester Schedule

To organize our semester's classes, we need to book classes to make our schedule by ourselves online. You could take as many classes as you want... or as few as you want. 

You can graduate in two years, but it might take longer than that if you don't complete your required classes. I knew my guy who had been at the school for eight years because he didn't finish his required classes so you might need to go to the school for more than two years to graduate. 

We also got scores which were written A, B, C, D, or F for each. If you get an F, you have to take the course again to graduate. Fortunately, I usually got As.

 

I took my major subjects first and took the others later. 
For example, in a science section, there were five subjects and you needed to choose two subjects from the list, such as chemistry, geology, and others which were related to science. 

It was like a puzzle to make my schedule for a semester. I took as many of my required subjects as I could in my first year. So, I had some free time in my second year, and I could work in a cafeteria. 

In my free time, I went to a cafeteria to drink smoothies, the library to surf the web, and school gym and swimming pool. 

I like the free time very much.

 

日本語バージョン:学期の授業スケジュールは自分で決めていました

授業は、2年間で取らなければいけない単位がもうすで決められていて、それをパソコンを睨みながらきっちきちのスケジュールで授業を入れていってもいいし、ゆっくりでも良いようになっていました。
ただ単位が全て取れないことには卒業出来ないので、友だちのルームメイトでもう8年も通ってる、という人もいました。

また成績がABCDFとありFを取るとその単位を落としてしまう仕組みになっていました。
私は幸運にも大抵Aばかりもらえていました。

 

とにかく取りたい単位から押さえていって、サイエンス部門では化学や地学、また少し違う分野の5教科から2教科を選ぶ、みたいなやり方なので、それぞれの先生が出すスケジュールを見ながら、パズルのピースを埋めるように1年時に結構詰めて入れた為、2年時には余裕が出来て、カフェでアルバイトを始めたり出来たので、早めに取るのが私には良かったです。

また空いた時間にはカフェでスムージーを飲んだり、図書館でネットサーフィンしたり、学校のジムのトレーニングマシーンで歩いたり、学校のプールにスイミングをしに行ったりして過ごしました。

隙間時間もすごく充実していました。

後記

よくアメリカの大学は入るのは簡単だけど、卒業するのは難しいって聞くのではないかと思いますが、こういうことなのかな?と思います。
 
例えばですが、絶対取らないといけない科目にサイエンスがあるとします。
そうすると、サイエンスを教えてくれる人が2人居たとしましょう。
そしたら、1人目のサイエンスの先生Aは、月、水、金の13時から教えるって書いてあったとして、2人目のサイエンスの先生Bは火、木の10時から教えるってなっていたとしましょう。
そこにもう一つ絶対取らないといけない科目が木曜の10時からしかなかったら、先生Bのは取れず、代わりに先生Aの授業を取ることになります。
 
その開始時刻と、終了時刻、そして移動時間や準備時間、昼ごはんの時間など考えて授業を設定する必要がありました。
 
私は始めのうちからとにかく入れれるだけ入れました。
専攻は変わりましたが、同じ幼児教育だったので、ほとんど単位を何も落とすことなく順調に消化することができました。
 
こちらが学校のホームページに載っていたグレードの付け方です。
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結構細分化されてますね。

 

テストは中間、期末みたいにあったんだっけ……

思い出そうとしても、地獄のような看護学校の日々が強烈すぎて、こちらはあまり思い出せない……。

 

しかし、テストの点がいくら満点だとしてもAにならないのがアメリカ流です。

テストの点数+どれぐらい授業に参加しているか

で評価されます。

なので、手を挙げない授業なんかはどうしても評価が低くなってしまいます。

 

そんなこともあって、どんだけくだらいのよ!と思えるような呟きにも似たような発言とかもあるぐらい、生徒たちは手を上げまくっていました。

 

ちなみに、手の挙げ方が日本とは違います。

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こんな感じに挙げる人が多かったです。

 

さらに、ペットボトルを机の上に置いているのは当たり前で、適宜飲むのも当たり前。

 

そんな日本とは違う授業スタイルでした。

 

そんなことも記事にしてたら良かったんですが、それはなかった〜!

なので書いてます。

 

色々思い出すと懐かしい〜。

 

そうそう!

学校には、ジムとプールが完備されていて、いつでも利用出来ました。

ジムには黒人さんがすごく多かったのを思い出します。みんないい身体過ぎました!

プールにも時々行きました。

 

そして、カフェとか部屋にはそれぞれに友だちが出来てきて、あっちに行っては誰かと話し、また違う場所に行っては誰かと話し、一人きりでパソコンを持って図書館の2階にこもったブログを書いたりしていました。

 

あの牢獄に思っていた頃から抜け出せ始めていました。

 

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