英語育児開始!4児と母の毎日。

英語育児を中心に日々子育てに奮闘する母の赤裸々記録。

やりたいことが出来る保育園

私の住む町には保育園がいくつかあります。

 

どこもだいたい

  • 裸足保育をしていない
  • きちんと先生の言うことを聞く子が正しい
  • 発表会に力を入れる
  • 運動会に力を入れる
  • 設定保育

かな、と思います。

今我が子たちが通っている保育園もそんな感じです。

 

中には、

  • 土がない
  • 砂場で遊べるのは1年に数回だけ
  • 遊具があるのに、遊べるのは決められた特定の遊具のみ
  • 発表会での子どもへの課題が半端ない
  • 上からの先生へのプレッシャーが凄すぎて先生が子どもたちをありのままに受け入れることができていない
  • 常に園庭開放されていて園児以外の子どもは遊び放題なのに、園児たちはほとんど外遊びをしない

など、私の教育方針とはかなり違う状態の保育園もあります。

 

実際、看護師になる為には保育園実習に数日間行かせてもらったことがあるんですが、目からウロコでした。ほんとに。

 

詳しいことは書けませんが、本当に、カルチャーショック。

 

私はそれまで、私なんかよりもベテランの保育士さんの方がきっと子どもを上手く育ててくれる、安心できる、とどこかで思っていました。

 

しかし、保育士だって人間。

しかも保育園の方針が自分の方針と違っていたら、子どもたちはかなりイメージとは違う扱いを受けているかも知れません。

 

送り迎えだけでは分からない保育園の実体を垣間見たように思いました。でもその保育園はかなり評判の所だったようなので、どうやら特殊だったようです。

 

さて、そんな私ですが、保育園でどんなことを望んでいるかというと、

  • 自分の心が大切にされる
  • 自分で考えて行動が出来る
  • やりたいことをとことんやる
  • 自然に思い切り親しむ
  • 裸足保育
  • 布オムツ育児
  • 身体をたくさん動かす
  • 手先をたくさん使う

などです。

なので服が汚れて帰って来たら嬉しいタイプの人間です。

  

そんな私がここはいいな〜とずっと思っていた保育園があります。隣町で遠いし、認可の保育園ではないので金額も高いし、体験に行ったり、イベントで行くだけしか出来ないのですが、その保育園はほかの保育園とはかなりかけはなれています。

 

お友だちの子どもたちがたくさん通っているので、私なんかよりもお友だちの方がずっとその魅力を語れると思うのですが、外部の私目線で今回は書かせていただこうと思います。

 

絵は子どもの心

私がこの保育園を知ったのは、「キッズアート」というイベントをお友だちから教えてもらったのがきっかけでした。その保育園は昔ながらの古民家を改装して営まれていて、一見普通のお家にも見えます。

絵は描いても描かなくてもよくて、子どもが描きたければ1枚でも、2枚でも、10枚でも描いてよいのです。

 

絵を描く時は順番がとても大切で、娘が思うままに1枚描くと、順番に絵を下に並べて乾かします。

 

その順番からも娘の心の様子を私たち大人が感じとることが出来ました。

 

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 この赤く塗っているものは次女が2歳ぐらいの時に描いたものです。

 

これを描くときには、余白があるからもっと描きなさい!とか、赤ばっかり使わないで違う色も使いなさい!とか、そんなに何枚も描かないで1枚だけにしなさい!とか、これは何を描いたの?とか一切言いません。親も先生も子どもの心の赴くままにするのをただ見守るだけです。

 

 そして後でその絵から子どもの心理状態を見て、そしてつらい気持ち、吐き出せない思いを絵に表現出来ていたら、表現出来てよかった、吐き出せてよかったという心持ちです。

 

実際に問題を表現している子どもの絵を見るのは辛いです。私が何かいけないことをしたのではないか?もっと違う子育てがあったのではないか?など不安に思うこともあります。しかし、それを隠して言えないことの方が問題です。きちんと表出出来ることで、次のステップにいけているのを絵を見ながら知ることができます。

 

水を出すのを止めろというのをやめてください。

ある時、その保育園に行った時に水をずーっと出してその様子をじーっと見ている子どもが居て、その様子を少し離れた所で見ているお母さんが居ました。

 

私はその様子が何だか奇妙に思えたのですが、そのお母さんは、「水を出すのを止めろというのをやめてください、と言われたんです。」と教えてくれました。

 

子どもは今、その瞬間を生きていて、自分が学ぶべきものを学んでいます。そんな中、勝手な親の「しつけ」という「おしつけ」のもと、子どもは学ぶべきものを学び損なっているかも知れません。

 

やりたいことを思う存分邪魔されずに出来る  

これが出来ることって、今後の人生の中でものすごく重要だと思うのです。やりたいことを黙々と思う存分やりきること。そこには集中力を養うだけではなく、疑問に思い、考察し、計画を立て、実行し、思っていたものと違ってまたやり直し、そして最後までやりきり、やりきった達成感を味わい、自分への信頼と自信をつける。そんな大切なものが得られるのに、それが出来る機会が驚くほど少ない。

 

そんなメリットを感じているのに、だいたいの保育園は設定保育を採用していて、我が子たちが行っている保育園も設定保育がされています。

 

今日は砂場遊びだとしたら、子どもたちは自由に遊びますが、時間が来たらもう終わり。その子が満足に遊びきったと思っても思わなくてもその時間は終わらなければいけません。

 

したくなければしなくてもいい

その保育園では、したくないことが強制されることはあまりありません。

例えば皆がする昼寝。どうしてもしたくない、出来ないのであればお外でお団子を作っている子がいたりしました。

 

例えば川遊び。行きたい子は先生が一緒について連れて行ってくれますが、行きたくない子は園舎に残ります。

 

お散歩だって行きたい子ばかりで行って、行きたくない子は行かなくても良いのです。

 

本人が「何がしたいのか」が最優先で、本人は先生の顔色を伺って決めるのではなく、自分の気持ちに従って行動できます。

 

皆が同じように足取りを揃え、先生の言うことを聞く子が評価されてしまう一斉保育。

 

思ったことを言って、したいことをする子は手のかかる子、という評価をされる場所だと自分をどんどん出せなくなり、出さなくなる。

 

そうなっていいのだろうか……。

私は時々考えてしまいます。

 

実際に長女を見ても、皆にどう思われているのか、皆とちゃんと足並みが揃っているのかばかり気にしているように思います。

 

それって、そんなに大切なことなんだろうか。

 

クラスがない

その保育園には一応年齢によって名前づけはありますが、大きい子も小さい子も皆一緒に過ごします。

 

我が子たちの保育園では、せっかく姉妹や姉弟で同じ保育園なのに、1年で数回ぐらいしか一緒に遊ぶ機会がないようなのです。

 

その数回に会える弟や妹を姉たちは心の拠り所にするみたいで、とっても嬉しそうに過ごすようです。

 

もっと毎日でも園庭で自由に遊べる時間ってないのか……ととても残念に思います。

 

裸足保育

その保育園では、裸足どころか、すっぽんぽんになってしまう子だって中にはいます。お風呂があるので、シャワーを浴びて流せば大丈夫!子どもたちは思う存分服を真っ黒にして遊んでいました。

 

対して我が子たちの保育園では、裸足保育どころか上履きまで存在します。

キレイな体育館の中、裸足で走り回ることはなぜ禁止されてしまうのだろう。土踏まずを作ることはとてもいいことなのに。

 

そして外では靴下に靴。

何か危ないものが落ちているの?

裸足で走り回ったら何が危険なの?

汚れるから?

足は洗ったら良いのではないの?

 

せめて裸足保育だったらいいのに……と願ってしまう私です。

 

運動会に子どもの写真を撮る余裕がない

その保育園は、全員参加型の運動会。

たいこの音に合わせて皆がそれぞれやってくる。参加したい人は参加して、参加したくない子は見とくことだって出来る。

親対子でリレー、親対子で綱引き、親対子で相撲、親に肩車をしてもらい、親と一緒に楽しむ。そんな常に親も大活躍する場ではゆっくり写真を撮る余裕などない。

 

運動会が終われば、皆でおでんをつつき、今日の感想を親が発表しながら、ゆっくりした時間を過ごす。

 

対して我が子の保育園では、運動会は大きなイベント。様々な競技の練習を1ヶ月かけてして、運動会はもはや発表の場。失敗は許されない。カメラを構える親。ゆっくり子どもの姿を見ることも出来ない。競技もホイッスルの音でスタートして、練習した通りのことをして、親がそれを見て成長した!と思わせるように年齢が上がるにつれて難易度も少しずつ高いものが要求されるようになる。

 

小学校に行くと拍子抜けするぐらい求められることは少なく低いのに、年長という保育園児はかなり高度なことが求められているように思う。

 

発表会へのプレッシャーなし

こちらも我が子の保育園では力の入れようが半端ない。発表会当日にきちんとしたものが発表出来るように、毎日毎日練習が行われ、発表会の時には物凄い数の親御さんとカメラ、ビデオカメラを向けられる中で大きな声で、元気いっぱい発表することが求められる。

 

こちらも小学校にいけばそんなことは求められない。

 

私はその2大イベントに違和感を感じてしまうのです。それは本当に子どもにとって為になることなんだろうか。

 

親は好きな時に好きなだけ保育時間にいることができる

私はその保育園に体験に行った時、一日中子どもたちと一緒に過ごしました。一緒に散歩へ行き、一緒にご飯を食べ、一緒に昼寝して、また遊んで……。親が保育園の保育時間にいることが出来る、それは我が子の保育園ではあまり考えられないことです。

 

以前、次女が保育園に慣れるのにすごく時間がかかり、よく泣くので可哀想に思った私は、保育園の部屋の中に入らせてもらって子どもが落ち着くまでいることはできないか聞いてみたことがあるのです。

 

すると、何を変なことを言ってるの?という顔でそんなことされたらやりにくくてかなわない。子どもを渡したら振り返らずにすぐに帰ってください、と言われました。

 

それ以前に体験に行っていた私には、やっぱり合わない……と密かに思っていたのでした。

 

長女は1歳の時から年長までその保育園に通いました。次女は1歳から3歳まで通い、長男が生まれるタイミングで退園し、年少の時を家で過ごしました。保育園の先生からは、年少でやめることのマイナス面を色々聞いていたのですが、どうしても私がのんびりとした時間を次女と過ごしたかったのと、長女への懺悔の気持ちもあり……。

 

結果宝物の時間を過ごすことが出来ました。

 

長男と次女は、去年の4月に同じ系列の別の保育園に入りました。小学校が真横にあるのと、少し変えたくなったのもあって……。でも同じ系列なので、教育方針はあまり変わりません。

 

我が子の保育園の良いところもたくさんあって、自然といっぱい触れ合うことが出来るし、運動会や発表会以外では自由度の高い所だと思っています。

 

ただ今回紹介した保育園に比べるとかなりカチッとした保育園ではあります。

 

しかし市内にはもっともっとびっくりするような保育園もあり、そこは我が子の保育園とは比べ物にならないほど私の教育方針とは違うので、そう思うととってもよい保育園なのです。

 

でも、もっとこうなったらいいのに……と思ってしまうこともあるのは事実です。

 

ところでフィンランドがなぜ学力世界一になったのか。

それは子どもが自分のしたいこと、疑問に思ったことをとことん調べ、成し遂げることの出来る環境であること、答えが1つのテストではなく、自分はどう思うか、どう考えるか、それについて一から自分で書くテストであること。子どもが子どもらしいこと、それがどんなに尊いことなのか、と私は感じてしまうのでした。

 

キャンパーズヴィレッジ自然学校 - フィンランドが世界一になったわけ

 

最近小学生の娘が忙しすぎて全然遊ぶ時間がなく、改めて小さい時には思う存分遊ばせたいと思う私なのでした。